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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1972号 判決

原告

矢野眞弘

被告

樋口正道

主文

一  被告樋口正道は原告に対して金四五万二、五四〇円及びこれに対する昭和五〇年三月二七日以降支払済みに至る年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告樋口正道に対するその余の請求、並びに被告南條安男に対する請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告樋口正道との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告樋口正道の負担とし、原告と被告南條安男との間に生じた分は全部原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告両名は、各自原告に対して金三五〇万四、七七六円及びこれに対する本訴状送達の翌日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告両名の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告両名)

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二主張

「請求原因」

一  事故の発生

昭和四七年三月一一日午前九時三〇分頃、横浜市西区北幸町一丁目五番地一七号先横断歩道上を原告が通行中、被告樋口運転の自家用乗用自動車(ベンツ、品川三三さ一三五〇、以下「加害車」という)が原告に接触し、原告はその場に転倒して負傷した。

二  責任原因

右事故は、被告樋口が一時停止義務に違反し、前方不注視のまま横断歩道に進入したため生じたものである。よつて同被告は、不法行為者として民法七〇九条により、また被告南條は加害車の運行供用者として自賠法三条により、それぞれ原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

本件事故により、原告は右臀部挫傷を受け、治療を受けたが、腰部挫傷後遺症(右下肢に労災等級一四級に相当する局部に神経症状を残す)が残存した。原告の治療状況は、事故の日である昭和四七年三月一一日から同年一〇月二六日まで横浜市所在の警友病院に九七回通院、同年一〇月二八日から昭和五〇年一月一〇日まで都内港区所在の虎の門病院に二八回通院、この間昭和四七年一一月六日、七日に横浜市所在の田上療院にてマツサージを受けている。

よつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  治療費 六万九、九二〇円

警友病院分八〇〇円、虎の門病院分六万八、一二〇円、田上療院分一、〇〇〇円

(二)  通院交通費 四万八、四〇〇円

警友病院まで一往復三二〇円で九七回分三万一、〇四〇円、虎の門病院まで一往復六二〇円で二八回分一万七、三六〇円

(三)  逸夫利益 二三八万七、二三六円

原告は、昭和一四年一〇月一三日生れの男子で、事故当時健康であり、通商産業技官として通産省工業技術院繊維高分子材料研究所に勤務し、年間二九四万八、四九〇円の給与を得ていた(一ケ月一七万九、七八六円の給与と年間四・四ケ月分の賞与)。

本件事故により原告は自賠責保険で定める第一四級の後遺症が残存し、よつて五パーセントの労働能力を喪夫している。

よつて原告の年間収入の五パーセントにあたる一四万七、四二四円を今後三四年間喪失するとみて、これを現価に引直した二三八万七、二三六円の逸失利益があることになる。

なお労動能力の喪失自体によつて損害は生じるのであるから、逸失利益はない、との被告の主張は失当である。

(四)  慰藉料 一二八万五、〇〇〇円

通院(二二ケ月)の慰藉料一〇〇万円、及び後遺症(一四級)慰藉料二八万五、〇〇〇円をもつて相当とする。

(五)  損害の填補

原告は、本件事故による損害の賠償として被告樋口から四万円、自賠責保険から五二万五、七八〇円を受領したので、右合計からこれを差引くと三二二万四、七七六円となる。

(六)  弁護士費用 二八万円

被告らが右損害を支払わないので、原告は本訴追行を弁護士に委任し、右金額の支出を余儀なくされた。

四  結論

よつて原告は、被告ら各自に対して、右合計三五〇万四、七七六円及びこれに対する本訴状送達の翌日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

「請求原因に対する答弁」

請求原因一項中、事故の発生は認めるが、発生日は、昭和四七年三月五日で、また加害車が原告に接触して原告はよろめいただけで、転倒していない。

同二項中、被告樋口が不法行為責任を負うことは認めるも、同被告は一時停止義務を怠つていない。次に被告南條は、以前加害車を所有していたことはあるも、事故当時他に譲渡して単に所有名義が残つていたに過ぎないので、加害車の運行供用者ではない。

すなわち被告南條は、昭和四六年六月中頃訴外千代田自動車販売の川島明からベンツ二五〇エスオートマチツク車を購入するにあたり加害車を一一五万円で下取りに出し、その後輾転して事故時加害車は被告樋口が所有するに至つており、その運行利益、運行支配とも、同被告に帰属していたものである。

同三項中、原告の治療状況は不知、損害額については争う。特に原告が事故により受傷し、通院治療をしたとしても、事故後現在まで原告は勤先から受領する給与等につき全く不利な扱を受けてはおらず、また将来におけるその可能性もない。そうだとすると原告の逸失利益は全くないものである。仮に労働能力の喪失自体を損害と考えるとしても、原告は技官たる研究員で、着席しての仕事が中心であり、近い将来肉体労働に従事せねばならぬ事情も認められない。そうだとすると受傷の部位よりみて、それと仕事とは関連がなく、従つて労働能力の喪失はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  態様はともかく、本件事故が発生したこと(なお発生日は成立につき争いのない甲第一号証、同第二二号証の五、七により、原告主張どおりであることが認められる)、被告樋口が不法行為責任を負うことは当事者間に争いがない。

二  そこで被告南條の責任について検討するに、同被告が加害車の所有名義者となつていることは争いのないところ、証人川島明の証言により成立の認められる乙第一号証、同証人の証言、弁論の全趣旨を総合すると、被告南條は加害車を所有していたが、昭和四六年七月頃、自動車販売業者たる千代田自動車販売の従業員たる川島明にこれが委託販売を依頼し、その頃同人の仲介によりやはり自動車販売業を営む有限会社シーサイドに代金一二五万円で売却し、それと同時に名義書替に必要な書類一式も引渡したこと、その後同社から被告樋口が加害車を買受けて本件事故時には同被告が加害車を使用していたのであるが、登録名義は変更されないまま放置されていたこと、他方被告南條は加害車を販売した後同じベンツのオートマチツクを購入し以来これを使用していること、の各事実が認められる。そうだとすると被告南條は、本件事故当時加害車を所有していたものではなく、その所有名義は形式的なもので加害車につき運行利益、運行支配を有していなかつたのであるから、加害車の運行供用者とは認められない。

三  次に本件事故の態様、原告の治療経過についてみるに前記甲第二二号証の五、七、成立につき争いのない甲第二一号証の一、同第二二号証の六、八、九、同第三号証の一、二、同第四号証の一、同第一四、第一五号証同第一七号証の一、二、原告本人尋問の結果を総合すると、

(一)  本件事故現場は、T字型交差点の、直線路への進入路上に設置してある横断歩道上である。

原告は勤務先の、通産省、工業技術院の研究所へ出勤すべくここを横断歩行していたところ、原告が自車の通過待をしてくれるものと速断して直線路から右折して時速約一五キロメートル位で進行して来た被告樋口運転の加害車前部右側に、腰部を衝突されたものである。

衝突後、原告はよろけて、右手をついたのであるが、そのまま出勤したところ、身体の具合が悪くなつたので、直ちに横浜市所在の警友病院で診断を受けたところ、右手、右臀部挫傷で、五日間の治療を要する、とのことであつた。

(二)  原告は、同病院に昭和四六年一〇月二六日までの二三〇日通院(内実治療日数九七日)したのであるが、思わしくないので、同月二八日に都内虎の門病院に転医し、昭和五〇年一月一〇日までの二年二ケ月余の間通院(内実治療日数二一日)して投薬を続けたところ、同日症状固定し治ゆしたとの診断を受けた。

原告の後遺症状は、右臀部痛、右下肢痛の主訴で、症状固定後、右下肢局所に神経症状を残すものとして労災級別一四級との認定を受けた。そして自賠責保険の後遺症損害も等級一四級として保険金の支払があつたが、原告はこれに承服できず異議を申立てている。

(三)  もつとも右症状固定後も、原告は昭和五〇年一一月六日から昭和五一年六月五日まで、ほぼ前同様の主訴で横浜市所在の大船共済病院に通院して投薬を受けている(実治療日数二一日)。

なお担当医師から少し運動をしては、との勧めもあつて、原告は従前していたテニスを始めたが、右足に痛みがあつて、月に一度位しかしていない。もつとも原告自身、自分が少し神経質であることは自認している。

以上の事実が認められる。

そうすると事故態様、治療経過からみて、原告の症状は、昭和五〇年五月一〇日に治ゆしたもので、その後の治療は本件事故と相当因果関係はないと判断される。

四  そこで右事実を前提として原告の損害額を算定すると、次のとおりとなる。

(一)  治療費 六万九、九二〇円

前記のとおり原告は警友病院、虎の門病院に通院しており、この間田上療院で下肢のマツサージを受けているところ、成立に争いのない甲第四号証の三、四、同第五第八号証、原告本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第七号証の一、二を総合すると、これらの治療費としてその主張どおりの金額を支払つたことが認められる。

(二)  通院交通費 四万八、四〇〇円

原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一九号証の五によれば、その主張どおりの通院交通費を要したことが認められる。

(三)  逸失利益

原告本人尋問の結果によれば、原告は勤務先で研究職に従事しているところ、従前の研究は力を必要としたので、前記のごとき症状があるため、事故後その内容を変更したこと、もつともこの変更によつて原告は給与について不利益を蒙つてはいないのであるが、前記のごとき原告の症状を考慮してか、上司から資料関係の仕事に従事してはとの勧めを受けたが、これを断わつたこと、の各事実が認められる。

そうすると原告には本件事故による減収はなかつたわけであり、そして原告が知的職業に従事しており、前記のとおり原告の症状が神経症状であることを勘案すると、勤務上支障があることは推認されなくはないが、この後遺症による労働能力の喪失によつて将来原告に収入減が生ずることは認め難い。

よつて原告が事故後研究内容を変更した事情、後遺症による勤務先での支障等は慰藉料の算定においては考慮さるべきも、逸失利益はこれを認めることはできない。

(四)  慰藉料 八五万円

前記原告の、本件事故による負傷、通院日数を考慮した通院期間、後遺症の程度、態様及びこれによる勤務先での支障を考慮すると、通院分として五〇万円、後遺症分として三五万円、の合計八五万円の慰藉料をもつて相当とする。

(五)  損害の填補

原告が本件事故による損害の填補として合計五六万五、七八〇円を受領したことは自認している。そこで右損害合計九六万八、三二〇円からこれを差引くと四〇万二、五四〇円となる。

(六)  弁護士費用 五万円

本件事故の難易、審理の経過、認容額に鑑み、弁護士費用のうち、右金額が本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

四  以上の次第で、原告の被告南條に対する請求はすべて失当なのでこれを棄却することとし、被告樋口に対する請求のうち、右損害残額、弁護士費用の合計四五万二、五四〇円及びこれに対する本件事故後である昭和五〇年三月二七日(訴状送達の翌日)以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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